「私の子育て」K1くん

ひまわり組、K1の母です。

K1は2011年2月に生まれ、もうすぐ6歳になります。

自分が母になってもう6年経つのかと何だかしみじみです。

親子教室には2歳2ヶ月の時からお世話になり、ぶどう組→ひまわり組→さくら組→そして現在のひまわり組、と4年目になります。

幼稚園や他の施設には通っておらず、親子教室一本で週5日通っています。

K1は3歳の時に自閉症スペクトラム(広範性発達障害)と診断されました。

自閉症スペクトラムにも様々な特徴がありますがK1の今現在の主な特徴は、

原因と結果が理解出来ていない。○○だから○○ということが分かりません

例えば●●やりたい。●●見たい。●●が嫌だ。という時に「どうして?」と聞いても答えられません。

色んなことが○(正解)か×(失敗)かで考えていて、正解じゃないといけないと思っています。△の中間がありません。

クイズ番組を観るのが好きなのですが、毎回正解発表の場面で、回答者が不正解になるのが怖くて耳をふさいだり隠れたりします。

またマイルールを色々作って、それらをやぶってはいけないと思っています。

例えば帰りの会の前にテーブルをみんなで運ぶのですが、それは絶対に参加するんだというマイルールがあるらしく、もし遅れて運べなかったとするとギャーっとなってやり直したがります。明日運べばいいよというのは受け入れられないみたいです。しょうがない、まあいっかという気持ちになれれば生きていく中ですごく楽になるのになあと感じます。

その他変なこだわりは、私がトイレに行ったらK1が飛んできて一緒に水を流さなくてはいけない。また私がドライヤーを使っていると飛んできてK1自身は乾いているのにドライヤーをやらなくてはいけない。というものに毎日振り回されています。

次に親子教室に通う2歳までの頃ですが、指さしをしないことや単語すら話さないこと、また児童館の同じ学年の子の集まりでは、まわりのお友達のようにちゃんと参加できず、走り回ったり、部屋を飛び出してしまう、そんな状態でした。

しゃべらないことを色んな人に相談すると「男の子だから遅いだけじゃない?」とよく言われ、このセリフには聞き飽きてしまいました。

1才半健診の後、保健所の幼児経過観察を受け、月一回の集まりに数回参加し、その後親子教室を紹介され現在に至ります。

1年目のぶどう組では、お名前呼びの時に名前を呼ばれても シーン 状態で返事は出来ませんでした。また食べ物の偏食がひどく、給食はほぼ食べられませんでした。

変わったところだと、公園では遊具で遊ぼうとせず、植え込みなど公園の周りをひたすら走っていました。お友達は滑り台などで遊んでるのに、それが目に入らないのか全く興味がないようでした。

3学期になると母子分離が始まりました。それまで誰かにK1を預けるということはほとんどなくいつも一緒で、私の見る景色とK1の見る景色もいつも一緒だったのに、K1だけで過ごす、私の知らない景色が出来るんだなとちょっと切なさも感じました。

言葉の方は、まんまるちゃんの歌に刺激され「ニャーニャー」「ワンワン」などの鳴き声を真似るようになり、そこから少しずつ言葉が増えていったように思います。

また、本当は次の年から幼稚園に通わせたかったのですが、先生の方からそれはやめて来年も親子教室に通ったほうがいいと言われた時は、かなりショックでした。

私の中で、K1は発達は遅れてるけれど話せるようになればすぐみんなに追いつくはずだ!と信じていて、そしてすぐ話せるようになるんだと期待もしていました。

でもそれは違うのか、幼稚園には通えないレベルなのか・・・と悲しかったです。

幼稚園を諦めた後、K1の変わった行動(逆さバイバイ)が気になり、嫌な予感はしていたのですがインターネットで調べてみると、ガッツリ自閉症と載っていて、その他の症状も色々当てはまるとこがあって愕然としました。まさか一生付き合っていかなければならない障害を、こんな小さな息子が抱えているなんて。

しばらくどんより落ち込みました。

でも親が落ち込んでどうするんだ。K1は障害を持ってるなんて自分では知らないし分からない。うまくいかない自分自身に困って苦しんで、不安悲しみ怒りをぶつけて助けを求めている。

そうだ私のするべきことは悩むことではなく寄り添ってK1の一番の理解者になることなんだと決意しました。

そして年少でひまわり組になりました。

給食を一人で食べる回数が増えたからか、いつの間にか偏食が治っていてびっくりしました!お名前呼びでもお返事出来るようになりました。

また一番こだわりの強い時だったかもしれません。

私が下の子を妊娠中だったので、前半は自転車をやめて、電車で通いました。

毎回同じ道を歩きたがり、違う道に行こうとしたら泣き叫んで拒否されます。

エレベーターのボタンは自分で押さなければいけないと決めていて、ラッシュの時にたくさんの人が乗っていて、他の人にボタンを押されパニックで泣き叫び「うるさい!」と怒鳴られ心が折れたこともありました。

ホームからエレベーターで上に行き、また戻り、次は階段で上に行きまた戻りなどを繰り返し何十分も駅から出られないこともありました。

最初の面談で来年もフルで親子教室に通った方がいいと言われ、またか~とちょっとショックでしたが無理に幼稚園に通わせる勇気は私にはなく、このままK1のペースで親子教室の中でゆっくり成長させようと思いました。

そしてこの頃自閉症スペクトラムの診断を受け、モヤモヤしていたものがすっきりして、やっぱりねと納得して受け入れることが出来ました。頑張らねばと再決意しました。

秋頃からは出産を控えていたので、移動支援を使ってヘルパーさんに送り迎えをお願いすることになりました。

家族以外の人と一緒に行くことは出来るのか?とても不安でしたが、初日に泣き叫びはしたものの、以降はどんなヘルパーさんとでも楽しく行き帰りが出来たので、そこのこだわりは無くて安心しました。

家族以外の人と行動をするということはK1にとって良い経験になっていると思います。

現在は週2回ヘルパーさんにお世話になっています。

年中からは少人数のさくら組になりました。

この少人数がK1に合っていたと思います。

それまではお友達の名前を言うことはなかったのですが、さくら組になって割とすぐにクラスのお友達全員の名前を覚えて口に出すようになり、びっくりしました。少人数になったからか、お友達を意識しやすくなったのかなと思います。

そして、前はK1に話しかけてもシーンとなり私の独り言になってしまうことが多かったのですが、会話のキャッチボールも少しずつ出来るようになりました。

また、K1の今後の為にも、愛の手帳の申請をしたのですが、発達検査でIQが思ったよりも高く出てしまい、取得することが出来ずとても残念でした。

年長になり再びひまわり組になりました

人数の多いクラスに戻り心配でしたが楽しく過ごせているようで安心しました。

前よりもお友達と関わるようになり成長を感じています。

毎年同じ場所に行く戸外活動ですが、ここに来るのも最後か~と私自身が一人切なさを感じていました。

またこの1年は色々あってあっという間に過ぎた気がします。

特に修学相談がK1の人生を決める重要な出来事だったのですが、希望通りの特別支援学級判定になったので本当に嬉しかったです。

知的障害はないので普通級判定になる可能性があってとても不安だったので、その判定を聞いた瞬間、心から良かったと思いました。

学校公開で特別支援学級を見学したとき、授業中にダンスを踊ったり、誕生日会をやったり、これが授業?!と思える、普通級のクラスとは全く違うことをやっていたのですが、K1がここに入ったら自分を出しながら楽しく過ごせるだろうなと想像できました。逆に普通級のクラスでは一人埋もれてしまいついていけずパニックになっている姿が想像出来ました。

以前の私なら、辛い環境でも普通級に入って、出来るだけ定型発達の子に近付くことが、将来的にK1にとって幸せだと思っていましたが、今はそれよりも、少人数の環境でK1のペースでゆっくりじっくり成長してほしい。存在を認めてもらい、K1の居場所を作ってあげたいと思っています。

僕って捨てたもんじゃないでしょ!って自信をつけて自分自身を好きになってもらいたいです。

今笑顔がとても可愛い息子なので、将来もこのまま笑顔の素敵なそして自己肯定感の高い人になってもらうことが母の願いです。

我が家に生まれてきてくれ出会えたことに感謝していますが、K1自身も生きていることが幸せで生まれてきて良かった~!僕を生んでくれてありがとうと言ってもらえたら最高です。これからもK1に寄り添い、親子共々に成長していけたらと思います。

そして親子教室もあと2ヶ月ちょっとで卒室です。

4年間たっぷりお世話になりました。

K1の今後の人生につながる重要な土台作りが出来ました。

本当に感謝しています。

どうもありがとうございました!